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ICT から見たスマートグリッドの可能性

 電力網にICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用し、信頼性の向上、コストの削減、環境負荷の低減を実現する次世代の電力供給システムをスマートグリッドと呼ぶことが多い。しかし、新たな社会・経済の基盤として、ICT 産業の次の成長の領域としてスマートグリッドを位置付けることにこそ、より大きな重要性があると思われる。

 世界的に広まる低炭素社会の実現の動きから、再生可能エネルギーの導入と、個人生活・企業運営・地域社会など社会のあらゆる領域における省エネルギー化が必要とされており、この流れがスマートグリッドの研究開発と事業化を世界的に加速させている。ここにおいて、スマートグリッドに関係して、現在のインターネットを規模の上で何倍も上回る通信ネットワークの出現が起こることも、今後の社会の技術・産業に多大なインパクトを与えるであることを忘れてはならない。

 米国においては、ICT 産業の実力企業がこぞってこの領域の技術開発、ビジネスに参入して来ており、米国の経済界はスマートグリッドに関する分野をICT 産業の次の重要な市場と見ていると思われる。また、米国の連邦政府も総額45 億US$ の投資・標準化の推進・法的整備を積極的に行い、経済界の新しい動きを後押しし、官民一体となった戦略的動きが見られる。新たなベンチャー企業の活動なども活発化している。

 一方、日本においてはスマートコミュニティを実現しようという議論はあるものの、研究開発投資は、太陽光発電など再生可能エネルギーや蓄電池の技術開発に関心が集中し、スマートグリッドに係るICT の研究開発・事業化の動きが活発化・具体化していない。技術は、全体的な構想の中でしっかりと定義され、開発されてこそ価値を高めるのであって、この構想の現実世界における実現手段がICT である。日本においては、今後、再生可能エネルギーの技術が発達し、その技術要素は国際競争力をもつかもしれないが、あくまで他の上位システムに組み込まれる「部品」として輸出される可能性が高い。

 さらに、スマートグリッドにより出現する新たなネットワークにより、「モノのインターネット(Internet of Things)」の世界が、家電・電気自動車なども含んだより広い範囲に拡大される可能性について、認識を新たにする必要がある。デジタルインフラを実際の世界に密着させ、効率よく情報を入手・分析しアクションをとることが「社会・経済を動かす」ということになるという、「情報化」に対する全く新しい認識がそこにあり、ここにおいてICT の新たな発展の可能性が期待される。 (科学技術動向 2010 年8 月号)

日本におけるサービスイノベーションの現状と課題

1 はじめに

 2005年に公開された米国競争力評議会の報告[1]の中で、サービスイノベーションの重要性が指摘されて以来、サービスイノベーション、あるいはそれを実現するために必要なサービスサイエンス(サービス科学)という言葉に日本国内に於いても関心がはらわれてきた。サービスイノベーションは、1980年代の後半から欧米に於いて研究はされてきたが[2]、サービス産業の経済全体におけるシェアの増大、製造業のサービス化、KIBS(Knowledge Intensive Business Service)と呼ばれるコンサルタント業務や複雑なビジネス課題に特化したプロフェッショナルサービスの重要性の増加に加え、インターネット、携帯電話、スマートフォンなどをはじめとしたICTによるサービスインフラの普及を背景として、国際競争力の観点から、新たに注目が注がれるようになったと思われる。

2 日本におけるサービスイノベーションの現状

 日本に於いては、経済産業省の報告[3]にもあるとおり、サービス産業における生産性の低さが指摘されており、これを解決することがサービスイノベーションの中心的な役割と考えられてきた。

 資料[3, 4]によれば、サービス業の労働生産性の1995年~2003年における増加率を国際比較すると、アメリカ:2.3%、イギリス:1.3%,ドイツ: 0.9%, 日本: 0.8% となり、日本が一番悪くなっている。 これに対し、製造業の労働生産性の増加率の国際比較では(同じく1995年~2003年)、アメリカ:3.3%、イギリス:2.0%,ドイツ: 1.7%, 日本: 4.1% と、日本が最も高い数値を示している。よって、製造業の様々なノウハウをサービス業にも適応してイノベーションを起こし、サービス産業の生産性の向上を試みることが国としての一つの施策として位置づけられてきた。
また、同じく資料[3, 4]によれば、1980年から2003年の間に、同じサービス業の中も、通信業、金融・保険業の生産性は5倍ほど増加しているのにも関わらず、運輸・卸・小売などの業種の生産性は2%以下の伸び率で、全産業の平均を下回っている。このことから、最新のICTなどの導入により、国民とじかに接点をもつサービス産業にイノベーションを起こすことも国の施策の一つとされた。

 この観点から、サービス産業におけるイノベーションを実現し促進するために、サービス産業生産性協議会[5]が設置され顧客サービスのベストプラクティスの調査を通してサービスイノベーションの普及が試みられた。また産業技術総合研究所・サービス工学研究センター[6]も研究活動を開始し、科学的・工学的手法の導入によるサービス産業のイノベーション研究が行われるようになった。

 サービスイノベーションの教育に関わるものとしは、文部科学省が大学における教育プログラムの開発を目的として行ったサービスイノベーション人材育成プログラム[7] がある。
サービスイノベーションの研究に関するものとしては、科学技術振興機構・社会技術研究開発センターの実施している「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」[8] がある。

3 日本におけるサービスイノベーションの課題

 前節にまとめた日本におけるサービスイノベーションの現状を分析すると、課題は以下のようになると思われる。

新規サービス創出への取り組み

 日本におけるサービスイノベーションにおける取組は、科学技術振興機構のプログラムを除いて、既存のサービスの向上に関するものが多い。これは、出発点がサービス産業の生産性の向上であったからである。しかしながら、GoogleやAmazonに代表されるようなインターネットを使った世界規模の新規サービス、アップルのiPodを用いた音楽配信に代表されるテクノロジーに基づいたサービスインフラの浸透による新規サービスモデルの構築、など社会・経済への強いインパクトを持つ新規サービスの創造に関するイノベーションへの取り組みは少ない。

製造業におけるサービスイノベーション

「サービスイノベーション」はサービス産業のイノベーションのみにとどまらず、製造業のサービス・ファンクションにおいても考慮する必要がある。ここでは、2つの点が指摘できる。

 第一に、製造業の企業と言っても、その企業活動を構成する機能は、研究・開発から始まり、部品の調達、購買、ファイナンス、物流、メンテナンス、ユーザーサポートなど、「ものづくり」以外の「サービスビジネス」に関するものが大半をしめる。製造業の企業プロセスのイノベーションはサービスイノベーションそのものに他ならない。

 第二に、新たな製品開発に於いては、ユーザーのニーズを従来よりも格段と的確に取りくむ必要がある。これは、ユーザーニーズの多様化と個別化による。この為には個々のユーザーとの接点を刷新し、価値の共創が起こるようにしなければなないが、これはサービスイノベーションによってのみ実現する事ができる。

統合による社会的価値の最大化

 様々な公的プログラムに基づきあるいは各機関の個別な努力により、研究機関、企業に於いて様々なサービスイノベーションの取り組みがなされ始めている。ただし、これらのものは互いに関連せず、個別に進行しているだけで、成果の交換や、統合して価値を最大化するような動きもない。サービス産業に属する企業どうしのみならず、サービス産業と製造業にまたがるような企業連携におけるイノベーションを如何に実現しいくのかは大きなチャレンジである。

4 おわりに

 以上に述べた以外にも、2011年3月に起こった東日本大震災の復興とその後の社会形成を視野に入れた社会・公共サービス、エネルギーサービスにおけるイノベーションなど新たに注目すべき重要分野も多い。ものづくり先進国日本が新たに国際競争力をつけていく中で、社会・経済のインテグラル・ファンクションとしての「サービス」のイノベーションの役割は大きいと思われる。

資料:
[1] Innovate Amecrica, Council on Competitiveness, USA, 2005
http://www.compete.org/images/uploads/File/PDF%20Files/NII_Innovate_America.pdf
[2] Ian Miles, Service Innovation, Handbook of Service Science, Springer, 2010
http://www.nda.ac.jp/~nama/SSR/ref/service_science.pdf
[3] 「サービス産業におけるイノベーションと生産性向上に向けて」、経済産業省、平成19年6月. http://www.okinawa-cluster.jp/modules/phpfm/users/pdf/20070806/sabisu.pdf
[4]  “Towards Innovation and Productivity Improvement in Service Industries”, Commerce and Information Bureau Service Unit, Ministry of Economy, Trade and Industry, April 2007
http://www.meti.go.jp/english/report/downloadfiles/0707ServiceIndustries.pdf
[5] サービス産業生産性協議会, http://www.service-js.jp/cms/index.php
[6] 産業技術総合研究所・サービス工学研究センター, http://unit.aist.go.jp/cfsr/index.htm
[7] 「サービスイノベーション人材育成プログラム」, 文部科学省, http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/service/index.htm
[8] 「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」, 科学技術振興機構・社会技術研究開発センター, http://www.ristex.jp/examin/suggestion.html#inlineLink1

エネルギーマネジメントシステムにおける需要家研究の重要性について

分散協調型エネルギー管理システムは、提供される技術および制度を、需要家が理解し、受け入れ、有効活用しなければ、真の社会的・経済的な価値を 発揮できないと考えられる。そのためには、分散協調型エネルギー管理システムの実装の現場において、需要家の行動変容に影響を与える要因に関する 基礎的な理解が必要である。この事を踏まえて、数理科学的手法、行動経済学などからの知見に基づき、需要家から得られるデータの分析と需要家への情報提供を通じて、需要家の行動変容に影響を与える要因 に関する基礎的な知見を蓄積する事を目的として研究を行っている。 さらにこの研究を通じて、地域社会におけるイノベーションの創造も目指す。

サービスサイエンスに関して

 「サービスサイエンス」 あるいは 「サービス科学」 という言葉をご存じだろうか? ここで言うサービスとは、いわゆる第三次産業の「サービス業」のみをさすのではなく(それを含めた)、社会・経済における無形性の価値の創造とマネジメントに関係するものである。 以下、情報処理47巻5号 2006年5月からの抜粋である。

 「サービス・サイエンス」という言葉が米国IBMのアルマデン研究所で産声を上げてから1 年以上が経過した.(2006年時点の話) サービス・サイエンスは,サービス・ビジネスの新市場をリードする米国のみならず,社会科学の先進国であるヨーロッパ,経済の成長が著しい中国・インドなどのアジア諸国,そして新たな経済の成長基盤を模索している日本においても,大きな反響を呼んでいる.これらの国々では,大学における研究・教育にサービス・サイエンスをどのように取り入れるか議論されている.また,IT企業をはじめとする先端企業およびサービス・プロバイダとしての新興企業においてはサービス・サイエンスによってどんな新たな価値がもたらされるのかが検討され始めている.さらに,各国の政府行政機関においては21 世紀の産業構造の変革の中でのサービス・サイエンスが果たす役割が議論され始めている.

 なぜ,サービス・サイエンスが世界規模で注目され始めているのであろうか? それは,サービス・サイエンスが,単に「サービス」を科学することにとどまらず,サービスを包含する「ビジネスと企業と社会」全体を科学するという,より広義な問題設定を必然的に行っているからだと思われる.すなわち,サービス産業を科学することは,サービス業を含めた全産業の本質的特長を捉え洞察することなしでは済まされないし,サービス企業を科学するとは,一般的な企業組織やビジネスモデルの比較検討の上でのみ可能であるし,また,サービス業務を科学するとは,人間一般に関する深い見識がなければできないことだからである.

 サービス・サイエンスは,“Services Sciences, Management and Engineering” を簡略したものであり,サービスにおける基礎学問としての位置づけを意図するものである.サービスにおける生産性(提供者側のメリット)と質の向上(利用者側のメリット)をはかり,イノベーションによって新しい市場の創造を行って経済を活性化することを目指し,勘と経験に頼っていたサービスを,科学的に体系化された知識と方法によるアプローチに変えるために知識体系を統合する枠組みを与えることが,サービス・サイエンスの役割である.
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 「サービス」を中心としたビジネスでは「物財」中心のビジネスよりも「知識」や「情報」の持つ役割がきわめて大きい.サービスは情報であるともいえる.このことより,サービス・ビジネスの時代には,情報処理技術の新たなそして大きな役割が期待できると思われる
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 サービス・サイエンスはITとビジネスの密接な関係を,数学,情報科学,経済学,心理学などを土台として研究し,その価値を社会に還元する学問であるということができる.
(「サービス・サイエンスについての動向」, 日高一義, 情報処理47巻5号 2006年5月)